2013年6月18日火曜日

モータリゼーションの進展に追いつかない中国社会



●中国乗用車販売台数 (単位は万台) 、中国自動車工業協会のデータより筆者作成


JB Press 2013.06.18(火)  姫田 小
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38011

騒音、大渋滞、駐車場不足・・・、
モータリゼーションの進展に追いつかない中国社会


 中国自動車工業協会の発表によれば、2013年5月の乗用車の販売台数は139万6900台で、2012年の128万1900台に比べ9%増加した。
 中国の自動車販売台数は、2013年に2000万台を突破するとも言われている。

 自動車全体の需要は引き続き旺盛のようだ。
 一方で、乗用車の伸びは芳しくない。
  「中国全体の景気に不透明感がある」
との見方もあるが、筆者はそれだけの理由ではないと見ている。
 歪んだモータリゼーションが健全な市場育成を阻んでいると言えないだろうか。

 筆者は先月も上海市内の住宅街でこんな場面に遭遇した。
 路上に乗り上げたクルマが道行く人の行き来を妨げる。
 たまりかねた初老の男性が叫んだ。

 「おい、お前、こんな所にクルマを止めるな!」

 怒鳴られた若者はすかさずこう切り返した。

 「止めるところが他にないんだよ!」

 あわやつかみ合いとなるところを、“近所の顔役”が出てきたのか、ことなきを得た。
 しかし、ここ上海でも駐車を巡る言い争いは日常茶飯事だ。

 大学のキャンパスも、ここ数年でガラリと表情が変わった。
 いつも学生らが集まっていたバスケットコートは駐車場と化してしまった。
 おそらく教員所有のものだろう。
 「クルマで通勤」はもはや当たり前になりつつある。

■市民を悩ます騒音と渋滞

 上海は北京と並んでマイカー保有が急速に進行している都市の1つだが、便利な反面、多くの社会問題を生んでいる。
 排ガスによる大気汚染は日本でも度々報道されているが、「騒音」も市民の抱える悩みの1つだ。


 現に筆者は、朝、目覚まし時計をまったく必要としない生活を送っている。
 時計が6時を過ぎると、階下の十字路で発生するけたたましいクラクション音で叩き起こされるためだ。
 交差点では交通量が一気に増え、大渋滞となる。
 互いに譲らず、意地の張り合いを続ける運転手、挑発的なクラクションの長押しがあちこちで始まる。
 交通整理の係員もいるが、ほとんど存在感はない。
 ピリピリと笛を吹いても、あっけなく無視されてしまう。

 渋滞も深刻な社会問題だ。
 子どものマイカー通学も増えた。
 朝の登校時には校門の前に多くのクルマが列をなす。
 ベンツやBMWの後部座席から誇らしげに降りてくる子どももいる。
 校門の前は、朝も夕も大混乱だ。

 筆者は昨今の交通渋滞の一因として、路上の「犬」の増加もあるのではないかと感じている。
 飼い主が散歩を放棄したのか、あるいは飼うことを放棄したのか、最近は「ひとりぼっちで散歩」という犬が少なくないのだ。

 上海では犬を「つないで飼う」というマナーが浸透していないせいもある(特に農村部出身者は放し飼いにして飼う習慣が根強い)。
 そのため、犬が1匹で道路を横断するシーンが増えている。
 筆者ははらはらしながら見ているのだが、すんでのところで運転手が急ブレーキを踏んでセーフとなる。
 インドでは牛が交通の妨げになるが、上海では放し飼いの犬が交通を妨げている。

■クルマを買っても駐車できない

 駐車、騒音、渋滞・・・。
 クルマは上海に様々な問題をもたらした。
 特に「駐車場問題」は、中国の土地事情を反映した中国らしい社会問題だと言える。

 上海の友人・李さん(仮名)は今年33歳。
 外資系企業の管理職を務める彼の目下の課題は「クルマの購入」にあった。
 母親がこうせっつく。

 「同僚はみんなクルマを持っていて持ってないのはあんただけ。いつ買うつもりなのか」

 母親にはメンツ(面子)があった。
 「うちの子だけクルマを持たない」
ことが不安でならなかったのだ。
 だが、李さんの回答は決まっていた。

 「駐車場がないのに、買えるわけないだろう」

 李さんの家の窓から下を見下ろすと、すでに敷地は他人のクルマで埋まっていた。

 李さん一家が住むのは、2000年前半に分譲された「商品房」と言われる集合住宅で、中堅サラリーマンの割合が高い。
 2000年当時はマイカーを保有することなど夢のまた夢であり、こうした住宅に駐車場はついていなかった。
 ついていたとしても3世帯に1台くらいの割合だった。
 当時、中国で駐車場があるのは5台に1台とも言われていた。

 ところが近年、中堅サラリーマンを中心にマイカーの保有が急増し、たちまちにして敷地のいたる場所(通路、緑地、小公園など)が駐車場として勝手に占拠されるようになった。
 中国には日本の「車庫証明」のような制度はない。

■遅々として進まない駐車を巡る法整備

 2013年4月、天津のとある集合住宅の街区で珍事件が起こった。
 街区内に開店したクルマのディーラーが、空いていた駐車場に商品であるクルマを並べて販売したのだ。

 もともと敷地内の駐車場は必要数を満たしておらず、住人同士の争奪戦が常態化していた。
 そんなところにディーラーが乗り込み、駐車場で新車を販売し始めたのである。
 住人が殺気立ったのは無理もない。
 だが、ディーラーは事前に管理人と「場所代の授受」で話をつけていた。
 住人からすれば「後の祭り」となってしまった。

 武漢ではこの春、「武漢市地下空間開発利用管理暫行規定」の改訂版が公布された。
 「地下駐車場以外の地下空間の建築物は売買してはならない」
とする内容だ。
 地元投資家らは
 「ということは、地下駐車場の権利は売買できるのだ」
と解釈し、にわかに“駐車場投資ブーム”に火が付こうとしている。

 中国では、マンションなど集合住宅内の地下駐車場については基本的に「財産権」を設定できないとされている。
 一方、「使用権」を設定できるかどうかについては、専門家の間でも様々な意見がある。

 一歩踏み込んだ施策を打ち出せないのは、地下室を有事の際の避難場所とする「人民防空法」が絡むためでもある。
 不動産デベロッパーはマンション開発の際に、地下室を設けることが義務づけられている。
 その地下室を駐車場として利用する場合、使用権をどこに帰属させるかは明確に規定されていない。

 また、仮に地下駐車場に使用権を設ければ、デベロッパーが法外な値段を付け、吊り上げを狙うことは十分に考えられる。

 こうしたことを背景に、駐車場を巡る法整備は遅々として進まない。
 各地方政府がローカルルールを設定し、当座をしのごうとしているのが現状のようだ。

■中国で駐車場ビジネスはなぜ困難なのか

 地方都市では上海以上に「路上駐車」が深刻だ。
 多くのデパートやショッピングセンターが屋内外に駐車場を設けるも、利用者が「1時間たった5元」の支払いをケチるため、彼らはみな路上駐車を選んでしまう。
 「わざわざ金を払って駐車するなど馬鹿馬鹿しくてできない」というわけだ。

 政府による公共駐車場の提供を待つ声もあるが、政府の動きは鈍い。
 マイカーを買うのは一部の富裕層であり、必ずしも「公共性の高い事業」とは言えないためである。
 もちろん、地元政府の懐具合が芳しくないという要因もある。

 そのため、民間によるこの事業領域への投資も待たれているが、これもまた遅々として進んでいない。

 筆者は上海の街の変化を見るにつけ、いつも不思議に思うことがある。
 あるべきものがこの街には見当たらない。
 これだけ需要がありながら、なぜか「立体駐車場」が普及していないのだ。

 答えは簡単、商売にならないからだ。
 駐車場の用地取得、建設、維持などに係わる費用が想像以上に高くつき、短期の回収が見込めないのだ。

 当局は民間の進出を促すべく、税金の優遇や用地取得費の減額、あるいは土地を貸し出すなど各種のサポートを提供しているようだが、それでも駐車場事業は現段階では“魅力あるビジネス”とは言い難い。

 上海市内の不動産業者は打ち明ける。
 「駐車場で働く従業員を雇うだけでも容易ではない。
 人件費は過去10年で倍以上に上昇した。
 その一方で、駐車料金は1時間10元程度の低い水準にとどまったまま。
 駐車場経営はまったく儲からないビジネスだ」。
 しかも、駐車していた車が盗まれる、傷つけられるなどトラブルも多く、補償をめぐるリスクが大きい。

 中国の1000人当たりの自動車保有台数は59台(2009年)。
 日本の10分の1程度に過ぎない。
 伸び代がまだまだ大きいことは確かだ。
 だが、関連法規の整備をはじめ、大気汚染対策、駐車場不足の解消策、渋滞の改善策など、課題は山積みである。

 駐車場に関しては、公平を期すために、日本のマンション内でよく行われる抽選方式もありだと思うが、不満を持つ住民によってなし崩しにされてしまうのは目に見えている。
 「我先に」「我が身さえよければ」の中国社会において、モータリゼーションはますます歪んだ悪路を突き進んでいるようだ。


 日本にもそういう時期がありました。
 一概に中国が遅れているというわけでもないでしょう。
 そういう過程を踏んで、処理されてということでしょう。



【中国ってなんでそうなるの!】


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